執筆:村井俊治、JESEA取締役会長、東京大学名誉教授
村井俊治は2002年に測位衛星データを利用した地震予測の研究を始めてから18年が経過しますが、地震は極めて複雑な現象であり、従来の地震学で注目してきたプレート、断層、地震計の記録、過去の地震記録などのみでは地震を予測するツールとして不足であることに気付きました。
地震を予測するには地震の前に起きる様々な異常現象(前兆と呼ぶ)を観測する必要があります。前兆現象は震源に近い地下の深い場所でも起きているでしょうが、現代の科学技術では数十キロの地下の状態を観測する方法はありません。しかし高温・高圧下にある地下の深いところで地震の前に大きな圧縮力または引張り力が岩盤などに加えられると、その圧電効果により、異常な電磁波や非可聴音(インフラサウンドと呼ぶ)が発信され、地中から地表に伝搬され、さらに空中から宇宙まで伝搬されることが分かってきました。地表、空中、宇宙に現れた前兆なら観測できます。
様々な観測機(センサーという)により直接手を触れないで対象物の特徴や形状やその変動を観測する技術はリモートセンシングと呼ばれています。測位衛星(GNSS)を用いて地殻変動を観測する技術もリモートセンシングの一つです。インフラサウンドセンサーを用いてインフラサウンドの変動を観測するのもリモートセンシングです。リモートセンシングは村井俊治の専門領域で1970年から50年の研究実績があります。最初は地震予測とリモートセンシングは全く関係がないと思っていましたが、前兆現象を観測して地震を予測するにはリモートセンシングこそが必須の科学技術であることに気付きました。
これらの前兆現象の存在は地震学とは異なる学問領域で科学的に認知されています。前兆現象そのものは科学的に認知されていても地震発生との相関については研究が殆どなされていないのが実状です。前兆現象と地震発生との相関が高ければ地震予測に役立つはずです。JESEAでは多種・多様な前兆現象と地震発生の相関分析をして、地震予測に役立つ手法を5件特許として登録することに成功しています。すでに実用化されている方法もありますが、実験的に研究開発中の方法もあります。以下にリモートセンシングによる前兆現象観測と地震発生との相関分析で得られた知見を解説したいと思います。
測位衛星による地殻変動観測と地震との相関
アメリカが打ち上げたGPSや日本が打ち上げた準天頂衛星(みちびきと呼ばれ略称はQZSS)などは測位衛星と呼ばれ受信機の正確な三次元的な位置を測量するための衛星です。土地や住宅、道路などすべての測量は測位衛星から発信された電波を受信する受信機を使って行われています。カーナビで自動車の位置をリアルタイムで計測しているのも測位衛星の技術です。受信機と受信方法の違いによって計測される三次元位置精度は異なります。地殻の正確な変動を観測して地震予測に役立てるには、最も高い精度が求められます。現在の技術では最高レベルで数ミリ単位の精度が得られます。
地球上に固定局として設置された受信機は毎日5㎜から1cm程度常に動いています。地球は刻々と変動していることが測位衛星データから読み取ることができます。国土交通省の国土地理院は全国約1300カ所の固定局に受信施設(電子基準点と呼ばれる)を設置しています。平均20~25kmの間隔に1点ずつあります。受信されたデータは解析されて正確なXYZの三次元座標で提供されます。XYZは地球中心座標系で表わされています。XYZ座標系の原点は地球の重心で一番動かない点です。動かない原点からデジタルな形で表されたXYZの座標の動きを分析すると地震を誘発する異常な地殻変動が得られることになります。
地殻変動と地震発生との相関は理論式があるわけでなく、経験則で相関を探る必要があります。18年間にわたる研究から得られた経験則を順次紹介します。
週間高さ変動が4㎝以上なら異常
電子基準点で得られた1週間の中で日単位の高さの値の最大値と最小値の高さの差が4㎝以上を異常変動として扱っています。地球は通常一日に5㎜から1㎝程度高さ方向に常に変動していますが4㎝以上の高さの差は明かに異常です。このような異常な週間高さ変動を示す点が、ある地域にまとまって現れるとその周辺にはひずみが溜まっていて地震が起きる危険があります。このような異常点がまとまって現れて地震発生に繋がった事例を上げます。2018年5月12日に起きた長野県北部地震(M5.2、震度5弱)と2週間後の5月25日に連続的に起きた長野県北部地震(M5.2、震度5強)があります。
地震が起きる約3か月前に北信越の北部と南部にそれぞれ4㎝以上の週間高さ変動が6点ずつまとまって現れました。特に北部の方には週間高さ変動が6㎝以上の点が3点も含まれていました。大きく二つのグループに分かれていて困ったと思いましたが、北信越地方は地震発生の可能性が高いことを予測情報として配信しました。果たして最初に南部の方に近い場所を震源とする地震(M5.2、震度5弱)が5月12日に起き、約2週間後の5月25日に北部の方に近い場所を震源とする地震(M5.2、震度5強)が起きたのです。予測は的中しました。
隆起・沈降の傾向分析で沈降傾向があれば異常
電子基準点の点毎にある時点から隆起しているか沈降しているかの傾向分析ができます。点群データのままですと面的な連続性が見えませんので地理情報システム(略称GISという)の技術を利用して点群データを面的な画像に変換しますと一目瞭然で理解することができます。JESEAでは隆起は暖色にして、沈降は寒色にして面画像で表現しています。経験則では沈降が地震発生に繋がることが多いです。隆起沈降図で青色の沈降を示すエリアに特に注目して地震予測をしています。沈降傾向が地震に繋がった事例は、2016年4月16日に起きた熊本地震と2018年9月6日に起きた北海道胆振東部地震があります。数か月前から明らかに震源周辺は沈降傾向を示していました。沈降したままで地震が起きる場合もありますが、沈降から隆起に転じた時に地震が発生する場合もあります。いずれにしても「沈降が危険」と言う経験則は重要な前兆です。
週平均の高さの変動が1㎝以上なら異常
前週と比べて高さの週平均値が1週間で1㎝以上の隆起または沈降があった時はその点周辺は不安定でひずみが溜まっていると解釈します。この経験則でピンポイント的に地震予測が的中した事例を紹介します。2020年3月13日に石川県能登地方でM5.5、震度5強の地震が発生しました。輪島市で最大震度5強を示し、穴水市で震度5弱の揺れをしました。2月15日の週から2月22日の週の1週間で電子基準点の「穴水」は1.7㎝、「輪島2」は0.6㎝急激に沈降し、2月22日の週から2月29日の週の1週間で「穴水」は0.7㎝、「輪島2」は1.1㎝急激に隆起しました。地震が起きる2週間前の「MEGA地震予測」では「能登半島の『輪島2』と『穴水』は先週急激な沈降でしたが今週は一転急激な隆起をしていて不安定です」と述べていましたので正にピンポイント的に地震予測が的中していたことになります。
水平変動がまとまって現れたら異常
異常な水平変動がまとまって現れるときはその周辺は地震発生の危険度が高いです。JESEAの「MEGA地震予測」では水平変動は矢印で地殻がどの方向にどれだけ変動したかを図示していますので水平変動の異常は簡単に読み取ることができます。まとまって水平変動が現れて地震に繋がった事例を紹介します。2018年7月7日に千葉県東方沖地震(M6.0、震度5弱)が起きましたが、約10日前の6月27日号で次のように警告を出していました。「水平ベクトルは茨城県南部から千葉県にかけて南東方向に極めて大きく出ています。今迄に見られなかった一斉異常変動です。危険な状態と言えます。」この地震予測は的中していたと言えます。
水平変動が急変する箇所は異常
2011年3月11日に起きた東日本大震災では東北地方、特に三陸地方は南東方向または東南東方向に大きく水平変動をしました。地震の後も同じような水平変動が常態的に現われています。その水平変動の大きさと速度は宮城県が一番で次に岩手県と福島県が続いています。青森県と茨城県の速度は急に遅くなります。水平変動の大きさと速度が途切れる岩手県北部・青森県南部と福島県南部・茨城県北部はひずみが溜まっていて地震発生の危険が高いです。
また青森県から岩手県にかけて水平変動の向きが南東方向から東南東方向に向きを変える場所はひずみが溜まっていると解釈し、地震発生の危険度が高い経験則を得ています。水平変動の向きが変わるエリアに地震が発生した事例を紹介します。
2017年10月6日に福島県沖で地震(M5.9、震度5弱)が起きました。地震発生9日前に配信した2017年9月27日号の「MEGA地震予測」では次のようにコメントを出していました。「東北4県で南東方向の水平変動が活発です。岩手県は南東方向の水平変動ですが、宮城県南部から福島県北部にかけては向きが東方向に変わっています。このように方向が変わる境目はひずみが貯まっている可能性がありますので警戒が必要です。」 この地震予測は的中していたと言えます。
2019年12月19日青森県東方沖(太平洋岸の青森県と岩手県の県境に近い沖合)を震源とする地震(M5.5、震度5弱)が起きました。最大震度は青森県階上(はしかみ)町でした。「MEGA地震予測」の2019年10月23日号では「東北地方の青森県は南南東方向、他の地域は南東方向の水平変動が活発です。水平変動の向きが変わる岩手県北部と水平変動が途切れる福島県南部はひずみが溜まっています。」と述べていました。11月6日号では「東北地方の青森県より南側は南東方向の水平変動が活発です。水平変動の向きが南南東方向から南東方向に変わる岩手県はひずみが溜まっています。」さらに11月13日号でも「東北地方の青森県より南側に向けて水平変動の向きが南南西方向から南方向さらに南南東方向および南東方向に反時計回りで向きが変化しています。水平変動の向きが変わる岩手県はひずみが溜まっています。」と述べていました。太平洋岸の青森県および岩手県の県境周辺は水平変動の向きが変わるエリアでひずみが溜まっていたのです。このひずみが地震を引き起こしたと解釈できます。この地震の予測は的中していたと言えます。
【地殻変動解析から予測した地震の捕捉率】
的中率の定義はかなり厳密です。異常があった時に地震が起きた、起きなかっただけでなく、異常がなかった時に地震が起きた、起きなかったの4つのケースについて確率を出す必要があります。地震予知は「いつ」、「どこで」、「どの規模の」地震が起きるかを正確に予測することと定義されています。
今までJESEAが「MEGA地震予測」で有料会員に配信してきた、測位衛星データを利用した地殻変動解析による地震予測は残念ながら予知のレベルには達していません。JESEAでは震度5弱以上の地震の発生を予測することを目標にしています。「どこで」はそこそこ予測ができていますが、「いつ」の時間精度が満足できる域には達していません。2013年から2018年までに起きた震度5弱以上の54個の地震を取り上げ、地震の前に会員に配信した「MEGA地震予測」で地震発生の可能性をコメントしていたか否かを下記に記します。
異常が現れたと配信してから3か月以内に震度5弱以上の地震が起きた確率は53%でした。この数字は的中率の定義とは異なりますので、「捕捉率」と言うことにします。事前に捕捉していたか否かを表す確率です。地震の規模が大きい地震ほど、また震源が深いほど異常が現れてから実際に地震が起きるまでの時間がかかります。残念ながら事前にどの大きさの地震が起きるかは明言できません。また震源の深さを事前に言い当てることはできません。そこで異常が現れてから6か月以内に震度5弱以上の地震が起きた確率を調べますと85%の捕捉率になります。異常が現れたらまず地震は6か月以内に8割は起きると言えます。しかし、6か月は長すぎるため、地震予測の時間精度を向上させるのが最大の研究課題になっています。そのため、JESEAでは様々な前兆現象を観測して予測の時間精度を改善する研究開発を進めてきました。人工知能(AI)による異常分析、測位衛星の搬送波位相データの分析、異常電磁波変動の分析、インフラサウンドセンサーを利用した前兆観測、地磁気の擾乱観測データの分析、衛星画像からの地震雲の判読など多種多様な前兆現象の観測とデータ分析を鋭意進めており、時間精度を約2週間から1か月程度に改善できる目途が立ってきました。