Opinion

建築の耐震基準~過去の大地震の教訓

執筆:村井俊治、JESEA取締役会長、東京大学名誉教授

【地震と建築基準:市街地建築物法】~濃尾地震の教訓

 

地震で最大の全壊家屋があったのは明治24年(1891)に岐阜県北部(現:本巣市)を震源とする濃尾地震(M8.0、震度7)でした。当時の震度階級では「激烈」でした。この地震は内陸型の地震では最大級の地震でした。根尾谷断層として名が知られる大きな段差が生じました。段差の高さは上下差6mにも及ぶものでした。全壊家屋は美濃と尾張を中心に14万戸、半壊8万戸におよびました。それまでの最悪記録になりました。当時の木造家屋は耐震設計はなされておらず、木造よりも強いと考えられていたレンガ造りや石造りの家も倒壊しました。このため翌年1892年に震災予防調査会が設置され、建築物の耐震性の研究が進み、木造家屋に筋交(すじかい)を使用することや木材の接合部について金物を使うことなどが提案されました。屋根を不燃材で葺(ふ)くことも定められました。この頃耐火性および耐震性に優れている鉄筋コンクリート造が欧米から導入されました。地震から28年経った1919年に市街地建築物法が制定され、施工令で土台の設置、防腐処置、素材、強度などの詳細が構造別に定められました。同時に成立した都市計画法(旧法)と相まって都市部における建築物を規制する法律も定められました。

 

【地震と建築基準:建築基準法の制定】
~関東大震災の教訓~液状化からの教訓

 

大正12年(1923)に発生した関東大震災では全壊家屋が11万戸、半壊が10万戸、焼失20万戸、死者約10万人となる未曾有の大災害となりました。レンガ造の建物が倒壊しましたので翌年市街地建築物法の施工例が全面改正されました。関東大震災で火災による犠牲者があまりにも多かったので木造建築の耐震性に加えて耐火性についても研究が進められました。耐震基準の規定がなされ、耐震計算が義務化されました。昭和21年(1946)日本国憲法が公布されましたが、市街地建築物法には憲法で定める国民の権利義務についての法律上の定めがないことから新たな法律が必要とされました。このため昭和25年(1950)に市街地建築物法を全面改正して建築基準法が公布されました。この中で数十年に一度の中地震に対してはほとんど損傷しないことを検証することになりました。昭和39年(1964)に起きた新潟地震では液状化による被害が大きかったことから翌々年の1966年に地震保険に関する法律が制定され、地震、噴火、津波による被害が対象とされました。

 

【地震と建築基準:新耐震基準】
~倒壊・崩壊の防止~1981年の新耐震基準

 

昭和53年(1978)に起きた宮城県沖地震ではピロティ形式や重心の偏りが著しい建物などに倒壊などの被害が集中しました。このため建築基準法政令が改正され「新耐震基準」と呼ばれるようになりました。改正の大きな特徴は、大規模の地震動(震度6~7程度)で倒壊・崩壊しないことの検証が義務付けられたことでした。これはいわゆる二次設計と呼ばれています。一次設計はそれまでの基準として震度5程度の中地震で建築物がほとんど損傷しない基準ですから、二次設計は大きな改正だったわけです。1981年以降に建てられた建物とそれ以前の建物では耐震性に大きな違いがあります。2020年時点で築39年以上の古い建築は大きな地震で倒壊する可能性があると考えられます。中古家屋や中古マンションを購入するときは是非1981年以後に建てられた物件を探すと良いでしょう。

 

【地震と建築基準:耐震改修促進法】
~新潟県中越地震の教訓

平成7(1995)年に起きた阪神・淡路大震災では25万戸の住宅が全壊・半壊し、40万戸の住宅が一部損傷をしました。5千人が住宅の倒壊による圧迫死をしたと見られています。「新耐震基準」で建てられた1982年以降の建築物と1981年以前の古い建築物を比較したところ、1982年以降の建築物の74.7%は軽微・小被害、16.7%が中破・小破、8.7%が大破以上だったのに対し、1981年以前の建築物では34.2%が軽微・小被害、37.3%が中破・小破、28.6%が大破以上と大きな差が現れました。平成16年(2004)に新潟県中越地震が発生し、新耐震基準が適用された住宅の被害が少なかったことから、耐震化のさらなる促進が目指されることになり、2005年10月に耐震改修促進法が改正され、2006年1月から施行されました。改正耐震改修促進法では住宅の耐震化率を2003年時点の75%から2015年までに90%以上にすることを目標として国は基本方針を定め、都道府県は基本方針に基づいて目標や促進のために施策を実行することになりました。

 

【地震と建築基準:耐震化率の地域格差】
~高齢者の多い地域は耐震化率が低い

国土交通省によりますと、2006年に施行された耐震改修促進法から2年後の2008年における耐震化率は全国で79%となりましたが、都道府県別では大きな地域格差がでていました。東京都は87.0%に対して島根県では65.0%と20%以上も格差がありました。耐震化率と高齢化率との間で大きな相関があることも分かりました。高齢化率の低い大都会では新築の着工件数も多く、新耐震基準による耐震化率は高くなります。一方、高齢化の高い地方では1981年以前の旧耐震基準で取得した住宅の割合が大きいため耐震化率は低くなります。耐震化率が高い都道府県は、東京都、神奈川県、愛知県、沖縄県、兵庫県、北海道などです。耐震化率の低い都道府県は島根県、秋田県、富山県、福井県、高知県などです。耐震化の促進は学校などの公共施設を優先して行われていますので、一般住宅に関しては個人負担での対応をせざるを得ない状況です。巨大な地震はどこででも起きる可能性がありますので、早急な耐震化が求められています。

 

【地震と建築基準:東日本大震災の影響】
~安心安全志向の高まり

2011年3月11日に想定外の超巨大地震である東日本大震災が発生し、津波による甚大な被害のみならず、福島原子力発電所の事故で日本人の意識は大きく変化しました。住宅の全半壊が40万戸、一部損壊は78万戸と膨大な被害が生じ、16.9兆円の被害総額と言われています。国民の住宅に対する意識も大きく影響を受けました。住宅金融支援機構が行った調査で、住宅取得時に重視する項目を見ますと大震災前後を変化が出ております。以前は「価格・費用」、「間取り」、「住宅の広さ」が上位3位を占めていましたが、大震災後は「耐震性能」、「価格・費用」、「立地(地震・津波に対する安全性)」が上位3位を占めています。国民がいかに「安全・安心」を求めているかが分かります。福島原子力発電所の事故で停電になったこともあり、エネルギーのあり方が住宅のあり方にも大きな影響を及ぼしました。太陽光発電などの再生可能エネルギーへの関心やエリア毎に自立できる発電を目指すスマートシティなど新しいまちづくりへ発展する機運が高まっています。

 

【高層ビルの地震時の揺れ】

耐震設計が発達し地震国の日本でも高層ビルが建築できるようになりました。昭和43年(1968)に初めて霞が関ビル(36階、地上147m)がオープンしてから52年が経ちます。高層ビルは一般に高層階ほど揺れます。一番揺れる周期(固有周期と呼びます)は一般に高いビルほど長くなります。地面の揺れと建物の揺れの周期が一致すると建物は大きく揺れます。実験では15階建てで1.5秒、30階建てで3秒、50階建てで5秒の固有周期でした。東日本大震災では首都圏の高層ビルは地震動周期より大きくゆっくり揺れました。10分以上もかかって揺れが収まったと言います。中にいた人の中には船酔いを起こした人がいたそうです。東京の副都心西新宿にある「新宿センタービル」(54階建て、高さ223m)は約13分間揺れ続け、最上階では1m以上揺れたと言われています。また、震度3だった大阪府にある「さきしまコスモタワー」(大阪府咲洲庁舎55階建て、高さ256m)では約10分間揺れが続き、最上階付近は最大約2.7mもの横揺れがあり、天井など約360カ所が破損したといいます。

 

【地震時のエレベーター復旧優先順位】

5月30日に起きた小笠原諸島西方沖地震(M8.1、震度5強)の時には約1.9万台のエレベーターが停止しました。利用者が閉じ込められたのは14台で最長1時間の閉じ込めでした。2009年9月以降に作られたエレベーターは揺れを感じると最寄りの階で止まって扉を開ける自動停止装置が設置されています。六本木ヒルズ(54階建て、高さ238m)では全9台のエレベーターが停止し、数百人が約2時間の間52階で復旧を待ちました。地震が発生したときは、全ての階のボタンを押すのが一番良いとされます。しかし、地震で停止したエレベーター内では「待機」するしかないです。最近のエレベーターは震度4以上の地震で停止し、専門の技術者が現場で点検する必要があり、作業員が来るまで停止の状態になります。作業員が向かうビルの優先順位が決められています。第一優先は「閉じ込めが起きたビル」です。第二優先は「けが人を治療する病院」です。第三優先は「災害対策本部に指定される役所」です。第四優先は「高さ60m以上の高層マンション」です。一番低い優先は「その他の住宅またはオフィスビル」となっています。

 

【超高層ビルの制震振り子】

地震の時に2秒以上の長い周期でゆっくり揺れるのを長周期地震動と呼んでいます。この揺れが建物の固有周期(揺れやすい周期)と一致すると建物は大きく揺れるため、特に高層ビルと共振すると被害が拡大すると言われます。超高層ビルでは特に警戒が必要です。長周期地震動で高層ビルが崩壊した例は1985年のメキシコ地震で指摘されました。軟弱地盤の上に建てられた高層ビルは特に揺れやすいと言われます。2015年に三井不動産と鹿島建設が開発した制震装置は長周期地震動を約6割低減するといいます。装置はワイヤーで1個300トンのおもりを6個吊り下げ、おもりをビルの揺れと逆方向に揺らす仕組みです。この制震装置を屋上に設置します。新宿の三井ビルデイング(55階建て)は東日本大震災の時に最大2mの揺れが2分続いたといいます。この制震装置を取り付けますと、揺れは80cmに、揺れの時間は6分の1に短縮できます。2000年以降に建設された超高層ビルには制震装置が取り付けられていますが、それ以前のビルにはほとんど組み込まれていません。昔建てられた超高層ビルは要注意ですね。

 

【熊本地震による建築耐震基準の問題】

2016年4月14日に熊本県の益城町を震源とするM6.5、震度7の前震に続いて4月16日にM7.4、震度7の本震が起きました。建築の耐震基準では2回の大地震に対する耐震基準はできていないと言われます。さらに深刻なのは熊本地震の揺れは極めて特殊でしたので想定されている地震波または揺れの容態と規模が異なり、1981年の新耐震基準を満たして建てられた木造家屋の多くが倒壊したのです。新耐震基準を満たしていた鉄骨造および鉄筋コンクリート造の家屋の倒壊はありませんでした。震度7の激震が2度続いて起きたために、最初の前震で耐震力が低下したところに本震が起きて倒壊したとも解釈されますが、倒壊した事実は深刻です。救いは国土交通省の発表では、住宅性能評価で耐震等級3以上の建物の倒壊はなかったことです。

耐震等級は3段階で定められています。等級1は建築基準法の規定通りの強さ、等級2は建築基準法の1.25倍、等級3は建築基準法の1.5倍の強さとなります。
建築基準法の耐震性の規定は、下記の通りです。

  • 建築物が建っている間に複数回遭遇する中規模の地震(震度5程度)に対して殆ど損傷が生じない。
  • 建築物が建っているあいだに一度は遭遇することを考慮するべき大規模地震(震度7程度)に対して、倒壊・崩壊しない。

建築基準法の規定は、巨大地震でも人命が失われないことを目標とした基準になっていることを理解しておくべきです。

耐震等級2、3によって、建築基準法の規定以上の強度を付加すれば、それだけ建物が地震に対して強くなり安心感を得られます。しかし地震は自然災害なので、絶対的な安心・安全はないと思わなくてはならないでしょう。等級3の建物の倒壊はなかったと言いますから、規定通りに満足せず1.5倍の強度の等級3の建物を建築することを勧めます。

国土交通省住宅局の「熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会」報告書の要点をまとめますと次のようになります。

  • 旧耐震基準(昭和56年5月以前)の木造建築物の倒壊率は28.2%(214棟)に上っており、新耐震基準の木造建築物の倒壊率(昭和56年6月~平成12年6月:8.7%(76棟)、平成12年以降:2.2%(7棟))と比較して顕著に高かった。
  • 旧耐震基準と新耐震基準の木造建築物の倒壊率に顕著な差があったのは、新耐震基準は旧耐震基準の約1.4倍の壁量が確保されているためと考えられる。
  • 住宅性能表示制度による耐震等級3(倒壊等防止)の住宅は新耐震基準の約1.5倍の壁量が確保されており、これに該当するものは、大きな損傷が見られず、大部分が無被害であった。
  • 新耐震基準導入以降で倒壊した建築物(83棟)のうち、建築物の状況が把握できなかったもの(6棟)を除いた77棟について、被害要因分析を行った。分析の結果、被害要因として、著しい地盤変状の影響(2棟)、隣接建物の衝突による影響(1棟)、蟻害(2棟)、現行規定の仕様となっていない接合部(73棟)が確認できた。
  • 接合部の仕様を明確化した平成12年6月以降に建築されたもので倒壊したもの(7棟)のみで見ると、被害要因は、現行規定の仕様となっていない接合部(3棟)、著しい地盤変状の影響(1棟)、震源や地盤の特性に起因して局所的に大きな地震動が建築物に作用した可能性があるもの(3棟)であった。
  • 新耐震基準導入以降に建築された鉄骨造建築物で倒壊したものは、地盤・擁壁の崩壊(2棟)によるもの、隣接建築物の衝突(2棟)によるもの、接合部の溶接不良など新耐震基準を満たしていないものであった。
  • 鉄筋コンクリート造建築物は、新耐震基準導入以降で倒壊が確認されたものはなかった。
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