執筆:村井俊治、JESEA取締役会長、東京大学名誉教授
【有史以前の富士山噴火の歴史】
~有史以前から噴火の歴史あり
Wikipediaによりますと、富士山周辺は70万年前ごろ現在の富士山の場所に小御岳(こみたけ)火山と愛鷹山(あしたかやま)火山が並んで活発だったと言われます。小御岳火山の頭部は現在の富士山5合目付近に露頭しています。10万年前ごろから富士山は活動期に入り、爆発的噴火により大量の溶岩や火山灰を吹き出し、約3000mの古富士火山に成長したと推定されています。当時は氷期で標高2500m付近以上の高さは常時雪氷に覆われていました。1万5千年前ごろ山頂付近の噴火により富士相模川泥流と呼ばれる融雪型火山泥流が相模川に流れ込んだとされています。
現在東京周辺には関東ローム層が厚く分布していますが、古富士山の噴火による褐色の細かい砂質の火山灰が積もってできました。箱根山も火山噴火で火山灰を噴出させましたが、箱根の火山灰は白っぽい色なので、関東ローム層は古富士山の火山灰であることが理解できます。
1万7000年前頃から8000年前頃までの富士山は山頂噴火と山腹噴火を断続的に繰り返し、大量の流動性のある玄武岩質の溶岩を噴出しました。南側の相模湾まで溶岩が流れたと見られます。溶岩が流れた痕跡は静岡県の三島や山梨県の猿橋にも見られます。8000年前ごろから5600年前ごろまでの富士山は活動が低調で、玄武岩質の富士黒土層を形成したと見られます。5600年前ごろから3500年前(紀元前1500年)ごろまで富士山は現在の円錐状の玄武岩質の山体を形成しました。
紀元前1500年頃から紀元前300年頃まで富士山の噴火様式が「山頂・山腹からの溶岩流出」から「山頂・山腹での爆発噴火」に移行しました。紀元前1300年頃の噴火により大室山と片蓋(かたふた)山が形成されました。紀元前900年頃の古富士山が岩屑崩れを起こして泥流が発生し、御殿場を源流とする酒匂(さかわ)川に流れ込み天然ダムを形成したと言われます。
【古文書に記録された富士山の噴火】
~富士山の三大噴火
8世紀以降の富士山の活動は古文書に記録されていますが、噴出源および年代が明らかになっていない溶岩流も多くあります。2001年から2003年に行われたスコリア丘のトレンチ調査によれば、9世紀の貞観噴火では割れ目噴火が多く発生し、山頂を挟み南北両山腹で溶岩を噴出し溶岩流を流下させていたことが判明しました。
古文書の記録によれば新富士火山の噴火は781年に大噴火(続日本紀による)を起こして以後16回記録されているとされています。噴火は平安時代に多く、800年から1083年までの間に10回程度、1511年等に噴火や火映(火口上空の雲や噴煙が火口の赤熱溶岩に映えて赤く見える現象を言い、伊豆大島の御神火もこの一種)等の活動があったことが、複数の古文書の分析や地質調査から明らかとなっています。日本記略によりますと、延暦19~21年(800~802)富士山は噴火を起こし、1か月以上噴火が続いたと記録されています。この古文書には「富士山嶺自焼、昼則煙気暗冥、夜則火光照天、其聲如雷、灰下如雨、山下川水皆紅色也」とあります。富士山が焼け、煙が上がり暗くなり、雷鳴が轟き、雨のように灰が降り、山川水が赤く染まった景色になったことが分かります。日本三大実録には貞観6~8年(864~866)に北西山腹で貞観大噴火があったことが記録されています。溶岩流が約8km流下したと言われます。
一方、文書によっては、1560年頃、1627年、1700年に噴火活動があったとされていますが信頼性は低いようです。噴火の合間には平穏な期間が数百年続くこともあり、例えば1083年から1511年まで400年以上噴火の記録はありませんが、記録文書が残されていないだけかもしれません。実際に、1435年〜1436年には火映が記録されています。
元禄12年(1700)に富士山が噴火(日本災異志)し、斜面に小型爆裂火口が誕生しました。それから7年後に宝永の大地震が起き、49日後に宝永の大噴火が起きました。延暦噴火、貞観噴火、宝永噴火は富士山の三大噴火とされています。
【富士山の宝永大噴火】
~死者2万人以上~復旧に100年~
宝永の噴火として知られる富士山の大噴火は宝永4年11月23日(西暦1707年12月16日)におきました。噴火の49日前には東海、東南海、南海地震3連動の巨大地震が起きていました。この地震は最大規模の巨大地震で、推定マグニチュード8.6~9.0とされ、死者2万人以上、倒壊家屋6万戸、津波の流失家屋は2万戸と言われています。その4年前の元禄16年(1703)には房総半島南端(野島崎付近)を震源とした元禄地震が起きています。まさに日本は大惨事に見舞われました。富士山噴火の主な被災地は東海道、紀伊半島、四国に及んだと言われます。噴火が起きた頃は徳川綱吉治世の下で元禄文化が華やかだった時代でした。元禄15年(1703)には赤穂浪士の討ち入りの事件が起きていました。
宝永大噴火は富士山の中腹の東南斜面で起き、その火口は今でも宝永山をなしています。火口は長径1.3km、短径1kmの楕円形で深さは1kmにも及びました。およそ10億m³の山体が吹き飛びました。火山噴出物は、最初サッカーボール大、次に桃の実大、最後は小豆大になり粗い砂になったと言われます。
御殿場市北部の噴火口に近い集落では砂は2mの厚さにも達しました。富士山頂がある町で知られる静岡県小山町付近で1.5m、御殿場市北西部で1mになりました。降砂は西丹沢方面、南足柄市の開成町、小田原市の東部、酒匂川扇状地で50~70cmも積もりました。20cmの厚さの砂で作物が全滅したと言われますから大変な被害でした。酒匂川は砂で埋まり河道が塞がったために、山北町の大口堤で堤防が決壊して大洪水が起きました。秦野で40~50cm、藤沢、横浜で20~30cm、江戸でも10~20cmの砂が降ったといいます。江戸では昼間なのに火山灰で空は暗くなり行燈を付けなければ物が見えなくなったと言われます。
富士山噴火から9年後に新井白石が残した「折りたく柴の記」で富士山噴火の状況を次のように記述しています。「よべ地震ひ、この日の午時雷の声す、家を出るに及びて、雪のふり下るごとくなるをよく見るに、白灰の下れる也。西南の方を望むに、黒き雲起こりて、雷の光しきりにす。」 最初の頃は白色の火山灰だったのが後で黒い火山灰になったと言われます。「白灰」は富士山に珍しい二酸化ケイ素を多く含む灰で、「黒灰」は富士山によくみられる玄武岩質の灰と考えられています。江戸で10㎝~20㎝の厚さの火山灰が降ったと推定されていますが、本郷にある東京大学の発掘によれば2㎝厚の火山灰の層が出てきたと記録されています。また噴火では雷光・雷鳴があったことが分かります。
被害状況も悲惨でした。田畑は『焼け砂』と呼ばれたスコリアや火山灰などに覆われて耕作不能になりました。用水路も埋まって水の供給が絶たれ、被災地は深刻な飢饉に見舞われました。備蓄していた穀物の倉庫も倒壊したり焼けたりして深刻な食糧難に陥りました。小田原藩は幕府に領地の半分を提供する条件で食料などの提供を要請しました。幕府はこれらの領地を直轄領にして救済を行いました。
酒匂川などの河川が火山灰などでせき止められ、豪雨に見舞われるたびに土石流の被害が続出して大変な二次被害が長年続きました。完全な復旧には約100年かかったと言われています。この宝永の富士山大噴火から300年以上富士山の大噴火はないのでそろそろ富士山が噴火するのではないかと心配されています。宝永の大噴火と同じような富士山の大噴火が起きたなら我が国は壊滅的なダメージを受けるでしょう。
【天地返しによる農地の復旧】
~火山灰の下の耕作土を上に~人力の叡智と努力
山北地区に降下した火砕物は最初数センチの白い軽石層が降り、そのあとに黒いスコリア質の焼砂が60cm堆積しました。当然農地は耕作不能になりました。驚くことに当時の農民たちは「天地返し」と呼ばれる復旧作業をして耕作可能な耕作地にしたのでした。天地返しの断面は発掘作業から証明されました。機械力のない江戸時代に人力だけで膨大な「天地返し」をしたのです。天地返しとは、簡単に言いますと下にある耕作土を地表に持ってくるために、1mの深い溝を掘って上にある焼砂を溝に落とし、現れた耕作土を焼砂の上に運び上げるのです。つまり天地をひっくり返すのです。具体的には次の作業をします。まず火山灰に埋まった土地に深さ1m、幅1mの長い溝を掘ります。次に溝に沿って火山灰を溝に埋めます。現れた耕作土を幅1m、深さ40cmだけ堀って隣の火山灰の上に積み上げます。この一連の作業を延々と広い耕地に施すのです。耕作不能だった耕地を人力で復旧した人たちの叡智と努力に驚くとともに先人の苦労に頭が下がるのみです。
【最近の富士山周辺の活動】
~土石流、雪崩と地震が発生~
昭和62年(1987) 山頂で4回有感地震を記録しました。
平成3年(1991) 低気圧により18万m3の土石流が発生しました。
平成9年(1997) 台風7号及び11月26日低気圧により計40万m3の土石流が発生しました。
平成12年(2000) 低気圧により観測史上最大量の28万m3の土石流が発生しました。
平成19年(2007) スラッシュ雪崩が発生し、富士宮新5合目や富士山スカイラインに被害がでました。
平成20年(2008) 7月15日、富士五湖を震源とする最大M4.1を記録する4度の有感地震が発生しました。
平成30年(2018) 5月15日山梨県東部・富士五湖でM4.6、最大震度3の地震が起きました。
【富士山噴火の被害想定】
静岡県、山梨県、神奈川県の3県と国で作る富士山火山防災対策協議会により富士山の噴火による被害想定が2014年2月6日に発表されました。避難対象住民は神奈川県で40万6千人、静岡県で6万2千人、山梨県で1千人と想定されています。神奈川県が多いのは偏西風で火山灰が東方向の神奈川県側に流れるためです。1707年に起きた宝永の富士山の噴火では現在の東京都にも火山灰が積もった記録があり、同じ規模の噴火が起きれば、停電、道路・鉄道交通のマヒ、空港の閉鎖など計り知れない被害になると危惧されます。火山灰以外の被害には溶岩流が流れれば静岡県で20万8千人、山梨県で8万4千人が避難しなければならなくなります。噴火の熱で山頂の雪が融けて斜面を流れる「融雪型火山泥流」が起きれば、静岡県で5万1千人、山梨県で3万1千人が避難を余儀なくされます。溶岩流や泥流は局所的ですが、火山灰は広範囲に被害が及び農産物被害も膨大になるでしょう。
【富士山噴火からの避難】
静岡県、山梨県、神奈川県の3県と国で作る富士山火山防災対策協議会は富士山噴火に備えて、避難対策を検討しました。
地域を大きく5つのゾーンに分けて避難の方法を提言しています。
第1次ゾーン:ごく小規模の噴火であっても瞬時に降下物、流下物による危険の及ぶ可能性がある範囲・・・ハザードマップにおける火口分布領域
第2次ゾーン:噴火が発生すると短時間(3時間以内)に流下物による危険の及ぶ可能性がある範囲・・・ハザードマップにおいて、「噴石・火砕流・火砕サージが到達」、「溶岩流が3時間以内に到達」、「積雪期において融雪型火山泥流が到達」する領域
第3次ゾーン:噴火が発生するとやや時間をおいて(3時間以上24時間以内)に流下物による危険の及ぶ可能性がある範囲・・・ハザードマップにおいて、溶岩流が24時間以内に到達する領域
第4次ゾーン:想定される最大規模の噴火であれば最終的に流下物による危険の及ぶ可能性がある範囲・・・ハザードマップにおいて、溶岩流が到達する領域
第5次ゾーン:想定される最大規模の噴火でも流下物によるおそれはないが、流下物による影響の及ぶ可能性がある範囲・・・ハザードマップにおいて、厚さ2cm以上の火山灰が降下する領域
噴火前の避難は次の火山情報を基準にして実施されることになっています。
- 臨時火山情報:火山現象による災害について防災上の注意を喚起するため必要と認める場合に発表・注意喚起・・・注意喚起の必要が示された場合・噴火の可能性・・・噴火の可能性が高まったことが示された場合
- 緊急火山情報:火山現象による災害から人の生命および身体を保護するため必要があると認める場合に発表
噴火前避難範囲は次の3つの範囲に設定します。
- 臨時火山情報時避難範囲・・・第1次ゾーン
- 緊急火山情報時避難範囲・・・第2次ゾーン
- 災害時要援護者避難範囲・・・第3次ゾーン
【臨時火山情報:注意喚起の場合】
一般住民 | 災害時
要援護者 |
観光者・登山者入山者など | ||
臨時火山情報時避難範囲 | 〇 | 入山自粛
呼びかけ |
||
緊急火山情報時避難範囲 | ||||
災害時要援護者避難範囲 |
【臨時火山情報:噴火の可能性の場合】
一般住民 | 災害時
要援護者 |
観光者・登山者入山者など | ||
臨時火山情報時避難範囲 | ◎ | ◎ | ◎ | 避難勧告 |
緊急火山情報時避難範囲 | △ | ◎ | 〇 | 避難準備情報
帰宅呼びかけ |
災害時要援護者避難範囲 | △ | ◎ | 〇 | 避難準備情報
帰宅呼びかけ |
【緊急火山情報の場合】
一般住民 | 災害時
要援護者 |
観光者・登山者入山者など | ||
臨時火山情報時避難範囲 | ◎ | ◎ | ◎ | 避難勧告 |
緊急火山情報時避難範囲 | ◎ | ◎ | ◎ | 避難勧告 |
災害時要援護者避難範囲 | △ | ◎ | 〇 | 避難準備情報
帰宅呼びかけ |
(出典:http://www.bousai.go.jp/kazan/fujisan/w_g/kentou/houkoku/pdf/siryo1a.pdf)
【気象庁の富士山の噴火警戒レベル】
・噴火警報
対象範囲:居住地域および火口側
警戒レベル5(避難)
火山活動の状況:居住地域に重大な被害を及ぼす噴火が発生、または切迫している状態にある。
対応:危険な居住地域からの避難が必要。
警戒レベル4(避難準備):火山活動の状況:居住地域に重大な被害を及ぼす噴火が発生すると予想されるまたは可能性が高い。
対応:警戒が必要な居住地域での避難準備をし、災害時要援護者は避難が必要。
・火口周辺警報
対象範囲:火口から居住地域近くまで
警戒レベル3(入山規制):居住地域の近くまで重大な影響を及ぼす噴火が発生あるいは発生すると予想される。
対応:登山禁止、入山規制等危険な地域への立ち入り規制等。
対象範囲:火口周辺
警戒レベル2(火口周辺規制):火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生あるいは発生すると予想される。
対応:住民は通常の生活。火口周辺への立ち入り規制等。
・噴火予想
対象範囲:火口内等
警戒レベル1(活火山であることに留意):
火山活動は静穏。火山活動の状態によって火山灰の噴出等が見られる。
対応:特になし。
(出典:http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/level/PDF/level_314.pdf)