Opinion

宇宙からの測量~衛星測位(GNSS)~GPS衛星測位の原理~地震予測への利用法

画像出典:NASA
執筆:村井俊治、JESEA取締役会長、東京大学名誉教授

【衛星測位】~宇宙からの測量~
衛星測位(GNSS)~動く地球を計測~

私が1972年2月に米陸軍の地形研究所を視察した時に、人工衛星から地球を測量する先端技術を見せてもらい驚きました。この当時はアメリカとベトナムは戦争状態(ベトナム戦争)で米陸軍は人工衛星から敵国の地形を測量して前線に正確な地形図を提供することを目論んでいました。この時から17年後にGlobal Positioning Satellite System(GPS:汎地球測位衛星システム)と命名されて1989年に人工衛星の打ち上げを開始して、1993年にGPSの運用が開始されました。GPSは今でも軍事衛星ですが、民間用と軍事用で周波数を分けており、民間用のものは全世界に無料で衛星測位の情報を提供しています。スマホ、カーナビやドローンでは必須の技術として実用化されています。測量の分野でもGPS測量は欠かせない測量技術になっています。今ではすべての土地の基準点測量はGPSで測量されています。海洋上を動いている船の正確な位置もGPSで測量されています。

GPSはどのような原理で地球上の位置を測量しているのでしょうか?測量には前方交会法と後方交会法という点の位置を求める二つの測量方法があります。前方交会法は位置が分かっている2点から、求めたい点(求点と呼ぶ)までの長さ(距離)または2点を結ぶ線からの内角を測ってその交点(求点になる)を求める方法です。一方後方交会法はやや複雑ですが、位置座標が分かっている複数の点から求点までの距離を測って求点の位置座標を求める方法です。平面の座標の場合は位置座標が分かっている2点から求点までの距離を半径にして2つの円を描けばその交点が求点になります。

三次元の座標の場合は、3点から求点までの距離を測れば、その距離を半径とする3つの球の交点が求点となります。GPSの場合、宇宙空間の三次元の世界ですから最低3点から求点までの距離の測量が必要になります。距離を測る点数が多いほど一般に精度は高くなります。GPSの人工衛星から求点までの距離の測定にはGPSから発信された電波を受信する受信機が必要になります。受信機はこの電波がGPS衛星から受信機までに要した正確な時間と電波の周波数の正確な波の数などを測定して受信機の三次元座標(XYZ)を後方交会法で求めています。GPSには正確な時刻を計る原子時計が搭載されていますが、受信機には水晶時計などやや精度が低い時計が装着されていますのでGPSから受信機に到達するまでの精度の高い時間を計れませんので、様々な技術を使って補正を行い、精度の高い求点のXYZを測量しています。現在の技術でGPS測量では数ミリの精度が得られています。

【衛星測位の一般名称はGNSS】
グローバル・ナビゲーション・サテライト・システム

GPSはアメリカの測位衛星の名前です。アメリカに続いてロシア(GLONASS)、欧州(Galileo)、中国(BeiDou)などの独自の測位衛星を打ち上げ、実用化を達成しました。そこで1999年の国連の第3回宇宙会議(UNISPACE III)で一般名称を決めることになりました。この国連会議で私は関連する委員会の議長をしていました。様々な意見や提案がありましたが、最終的にGlobal Navigation Satellite System (略称:GNSS)の名称が採用されました。GPSはGNSSの一つということになります。このため以下の文章では「衛星測位システム」を、一般名称の「GNSS」と呼ぶことにします。

GNSSはGlobalとありますように地球全体をカバーする周回軌道を採用しています。それに対して一部の地域だけをカバーする軌道を有する測位衛星も開発されました。このような地域限定型の測位衛星はRegional Navigation Satellite System (略称:RGSS)と言います。日本が打ち上げた準天頂衛星(QZSS)やインドのナビ用静止衛星(NavIC)はRNSSです。日本のQZSSは8の字の軌道と静止衛星で構成されているのに対し、インドのNavICは複数の静止衛星で構成されています。

【GNSSで測量される三次元データ】~地球中心座標系XYZ~

GPSの受信機で計測される三次元の座標(XYZ)は地球中心座標と呼ばれています。原点は地球の重心です。地球の重心は地球で一番動かない点です。したがってJESEAで地震予測に地球の変動解析をする場合には、一番動かない地球の重心から見た地表の動き、すなわちXYZの相対的な動きを使用しています。地球の表面は常に動いていますから、地球の表面の1点を基準にして変動解析しても本当の地球の動きを計ったことにはなりません。地球表面上に基準にした点が動いているわけですから真の地球の変動解析はできません。

X軸は赤道面で英国のグリニッジ天文台を通る子午線の方向に取っています。Y軸は赤道面で東経90度の子午線と赤道の交点方向に取っています。Z軸は地球の自転軸方向に取っています。一般の測量の知識がない人はXYZを理解することが難しいので、地球の表面の「ある1点」を基点として、地球に接する平面の2次元座標と地球の垂直方向で地球表面からの高さ(楕円高と言う)に分解しています。平面座標は東西方向のEと北南方向のNの二次元座標で表しています。楕円体高はHまたはUの記号が使われています。

【標高と楕円体高】~標高と楕円体高は違う~

土地の高さを表す指標に使われるのに標高と楕円体高があります。標高はジオイドからの高さを言います。ジオイドとは地球の重力が一定の面(専門用語では等ポテンシャル面といいます)を言います。地球の場所によって重力が違います。一番安定しているところは海の面です。日本では東京湾の平均海水面を標高の基準面にしています。山が高いところは重力が大きいですからジオイドも高くなります。一方、楕円体高は地球を回転楕円体とみなして地球の楕円体からの高さを言います。昔は地球がどんな楕円体をしているかは国によって違いました。地球の大きさを測量した人によって異なっていたからです。日本は2000年まではドイツのベッセルという人が測量した地球の長径と短径の楕円体を採用していました。現在は国際的に宇宙からGPS測量をした地球の楕円体の形で統一されています。当然標高と楕円体高とは違います。富士山の標高は3776.2mですが、楕円体高は3819.9mです。その差の43.7mがジオイドの高さになります。離島では東京湾の平均海水面との比高がわかりませんので標高が決められないです。しかし楕円体高は分かります。標高に使われる平均海水面は場所により、また国により異なります。海のない国は平均海水面を測定できませんので隣国のデータを参照して標高を決めていました。現在はGNSSができたために地球の正確な回転楕円形が決定されたので国際的には楕円体高が使われています。したがってGNSSで得られる高さは楕円体高です。JESEAの地震予測は標高でなく楕円体高を使っています。

【正確になったジオイドの高さ】~GNSS水準測量

平均海水面に近い面がジオイドですが、陸地では重力の分布が異なりますのでジオイド面は起伏を形成します。この起伏は重力を測定しないと正確には求められません。従来は地上に重力計を設置して様々な場所で重力を測定していました。しかし狭い日本の国土でも全国細かく網羅して重力を測定することは困難でした。国土地理院が発表していた従来のジオイド面は10cm程度の誤差がありました。したがってGNSSで測定された楕円体高から標高に換算するときにはジオイドの高さを差し引きますので当然標高精度が低下する問題がありました。

ところが最近は地球の重力を人工衛星から面的に測量できる技術が開発されました。これによって正確なジオイドの高さが求められるようになり、誤差は一気に2cmにまで縮小しました。電子基準点を利用した測量で得られた楕円体高から正確な標高が測量できることになり、飛躍的に電子基準点の重要性は増しました。電子基準点のすぐ下に金属標が設置され二等水準点として認められています。GNSSを利用した測量で得られた楕円体高からかなり精度のよい標高が得られるようになったのです。GNSS水準測量と呼ばれています。

【三角点と電子基準点】
~電子基準点は測量の基本~三角点はモニュメント

日本は世界一、数も密度も多くの電子基準点が設置されています。平均で20~25kmに一点の割合です。東海などの太平洋岸は平均で約15kmに一点あります。電子基準点の正確な位置は衛星測位(GNSS)によって測量されています。皆さんは山の上などにある三角点(みかげ石で出来ている)の標石を見たことがあるでしょう。明治時代から始まって近代測量で最近まで正確な地図を作成するための測量基準点に使われてきました。衛星測位が利用できる前は、お互いに近くの三角点が見通せるような高い山の上に設置された三角点で作られる三角形(測量では三角網と言う)の角度や辺長を測量して、国土の骨格測量をしていたのです。精度によって一等三角点から四等三角点まであります。一方高さの方は主に道路沿いに水準点が設けられています。すべての水準点は東京湾平均海水面からの高さの差が測量されています。衛星測位が利用できてからは三角点に変わって電子基準点が国家基準点として使われるようになりました。GNSSの精度が上がったので電子基準点は二等水準点としても扱われるようになりました。昔使っていた山の上などに設置された三角点は今や歴史的モニュメントになってしまいました。

【測量に使われる電子基準点】~GNSS測量

現在の測量では日常的に電子基準点が使われています。ケータイやスマホにあるGPSは単独測位と言って様々な誤差が混入するので大体10m程度のずれが生じます。測量では既知点(基地局ともいいます)と測量したい点の二箇所にGNSS受信機をおいて相対測位と呼ばれる方式を採用しています。相対測位をするときの既知点として電子基準点が使われます。位置と高さを測量したい点に置いたGNSS受信機は測位衛星からの電波を受信して、電子基準点の座標をもとにその座標を測量します。受信する時間によって精度は違います。リアルタイムで測量するときは5cm~10cmの精度です。自動車や航空機にGNSS受信機を搭載すれば動きながらも1秒間隔で三次元座標を測量できます。GNSS受信機を3時間以上固定して測量すると1cm以下の精度になります。GNSS測量と言います。昔のように山の上に登って三角点から測量機を使って三角測量をする必要がなくなったのです。GPSなどGNSSは測量の大きな技術革新となりました。GNSS受信機を置くだけで測量が出来る時代になったのです。

 

【地震予測に使われる電子基準点】

地震予測に使われる電子基準点のデータは一般の測量に使われるものより高い精度が要求されます。なぜなら地震の前に現れる地球の微妙な異常変動(前兆と呼びます)を測量しなければいけないからです。一般の測量ではリアルタイムや数時間程度で三次元測量をしないと現実に測量がはかどらないです。時間をかけて測位衛星からの信号を受信し続けると、それだけ精度が高くなります。1週間ぐらいかけますと精度は飽和(それ以上精度が上がらない状態)します。時間のかけ方によって迅速解(Q3)、速報解(R3)、最終解(F3)が得られます。最終解(F3)が1週間後にえられる一番精度の良い値です。国土地理院はさらにチェックなどして2週間後に公開しています。JESEAで使っている電子基準点データはF3またはR3データです。精度は5mm前後です。4cm超の異常値を前兆とみなしていますので、異常値を検出するのには十分精度があると言えます。

【大陸移動説を証明したVLBI】
~超長基線電波干渉計

超長基線電波干渉計(Very Large Baseline Interferometer; VLBIと略称される)と呼ばれる宇宙測量技術があります。地球上の遠く離れた2箇所に置かれた大口径のアンテナを利用して、数億光年の遠くにある恒星に似たクエーサーという天体から発信される微弱な電波を受信します。実際には恒星クエーサーから届く電波の時間を測定します。遠くのクエーサーですから2箇所に届く電波は平行光線とみなせます。一方2箇所に届く電波の時間が僅かに異なりますので時間差を求めます。アンテナから恒星を見る角度は一定で角度を測って起きます。三角形の原理から三角形の底辺(時間差に相当する距離)と挟角を与えますと斜辺(2箇所のアンテナの距離)がもとまります。この原理を利用したのがVLBIで茨城県畜産センターにある大きなアンテナがこれに使われています。

ハワイにも大きなアンテナがあり、ハワイとの距離がVLBIを使って測量されています。年に平均で6.5cmハワイは日本に近づいていることがVLBI測量の結果わかっています。単純に計算しますと日本とハワイの距離は約6000kmありますから、約1億年経てば合体することになります。1912年にドイツの気象学者アルフレッド・ウエゲナーが提唱した大陸移動説は1980年代後半に開発された宇宙測量技術(VLBI)によって科学的に証明されたのです。

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