Opinion

巨大地震の津波~津波防災対策~津波の予知は可能か?

執筆:村井俊治 (株)地震科学探査機構取締役会長、東京大学名誉教授

【南海トラフ巨大地震の津波被害】
~32万人死者、220兆円の被害想定~予知はどうする?

2013年、政府の中央防災会議の作業部会は、M9クラスの南海トラフ巨大地震を想定した場合、死者32万人、負傷者62万人、被害総額220兆円に上ると推計しました。これは東日本大震災の被害額の約10倍になります。津波のシミュレーションによりますと、最大で津波の高さは34mとされました。焼失家屋は238万棟と推計されます。特に大阪、愛知、静岡の被害は甚大になります。最悪の場合、避難者は950万人になり、3440万人の人が断水に直面すると予測しています。停電は2710万軒に上ると言われます。被害は九州、四国、紀伊半島、東海地方で面積にして1015平方キロと推計されています。家屋や工場などの倒壊の直接的な被害だけでなく、生産減産やサービス低下による悪影響など間接的な被害は国内総生産(GDP)の約1割の44.7兆円に上ると推計されました。ただし、建物の耐震化率を向上させ、出火防止対策を講じるなどをすれば被害額は半減すると推計されています。防災対策がいかに重要かわかりますね。東京と大阪を結ぶ東海道新幹線や東名高速道路が寸断されますと、大変なことになります。設備の被害だけも1.4兆円ですが、悪影響はその何倍にもなるでしょう。
私の見解を述べたいと思います。M9クラスの想定は東日本大震災と同じ規模を想定したものです。過去の南海トラフ三連動地震の巨大地震はM8クラスだったと推定されています。M9がないとは言えないですが、もしM9が来るなら、東日本大震災の2日前から始まったプレスリップを検知すれば巨大地震の予知は可能でしょう。東日本大震災の直前のプレスリップはJESEA独自の分析で発見したものです。また地震後に津波が起きる数時間前に津波の前兆と思われる異常が発生したことも分析済みです。2日前でなくても1日前に警報を発信できれば被害は半減するでしょう。被害想定も大切ですが、一番大切なのは直前の地震予知です。人の命だけは何としても救うあらゆる努力をするべきです。
被害からの復興を迅速にする最大の課題は都市や集落を交通遮断により孤立状態にしないことです。救援および物資の支援ができないからです。複数の交通ルートを持つべきです。第2東名高速道路はとても重要でしょう。基幹道路や鉄道も重要ですが一般道路の復旧も大切です。電柱、電線の地下埋設による無電柱化はぜひ進めたい課題です。電柱が1本倒れても交通は不通になるわけですから、基幹道路の無電柱化は必須です。地震津波の被害額を思えば無電柱化の予算ははるかに少なくて済みます。
津波を完全に防止できる防潮堤の建設は不可能でしょう。防潮堤、盛土による道路、植林による津波防災林などを波状的に海岸と平行に建設して、津波のエネルギーを減少させる構造を作るべきです。海岸から直角に走る道路は高台への避難道路になるわけですから、最低片側3車線にするべきです。今の時代、自動車で逃げるなと言っても、高齢の親や祖父母がいれば車で一緒に逃げざるを得ないでしょう。

【企業が取組む防災対策】
~高台移転~施設の分散化~安全な場所は?

東日本大震災の経験を踏まえて宮城県、福島県、茨城県にある企業が実施した防災対策を紹介します。仙台市にあるJXTGエネルギー株式会社(仙台製油所)は、津波で機能不全になったことを踏まえ、出荷設備を高台に移転しました。福島県伊達市にある富士通福島工場は、福島、兵庫、島根にある4工場間で担当者を派遣し合って、代替え生産を可能な体制にしました。福島県須賀川市にある日本たばこ須賀川工場は、加工済み葉たばこの生産量を増やすことで緊急時の対応ができるようにしました。茨城県ひたちなか市にあるルネサスエレクトロ那珂工場は、震度6クラスの地震でも耐えられるような耐震化を実施しました。セブン&アイホールデイングスは、グループ会社に被害状況をパソコンで見られるようにしました。トヨタ自動車は取引先の国内1500工場の場所と生産部品などをデータベース化して緊急対応をできるようにしました。ローソンは本社、支社の備蓄食料を800人3日分から4000人3日分に増やしました。日立化成はメキシコ、タイに新工場を建設するなどして分散化を図りました。生産、サービス、業種、顧客などに応じて様々な取組みが多くの企業で実施され始めました。
地震予測をしていると、どこに異常が現れ、どこにひずみが溜まっているなど危険地域は分かるが、どこが地震に対して安全なのかと質問されます。1995年の阪神淡路大震災の時までは、神戸市は耐震工学では一番安全な場所として認識され、千年近くも大地震がなかった地域でした。日本は北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレートの4つのプレートに囲まれていますし、火山列島ですから、いつ、どこで大地震が起きてもおかしくない国なのです。地震に対して安全な場所はないと思わなければなりません。
私が2016年以降開発した「ミニプレート理論」によれば、ミニプレートの境界には7割の震度5以上の地震が起きますので、ミニプレートの境界以外が安全な地域と言えそうです。ただし、ミニプレートは動的に年によって変動しますので恒久的に安全な場所を決めることは難しいです。前に述べましたが過去に大地震がなかったからと言ってわが国は安全な場所はないと思った方が良いです。
一番大切なことは、現在建物や施設が立地している箇所の地形や地盤を良く調べておくことです。昔の地名で谷、川、湖、田、窪などがついている地域は低地で軟弱地盤ですので地震の時の揺れの程度は高地に比べると震度で1か2の違いで大きく揺れます。一方山、台、丘、岡、陵などがつく地名の場所は地震の揺れは少ないです。ただし、急斜面の場合は地震でがけ崩れや土砂崩壊がありますので注意が必要です。
近くにお堀や小河川の護岸がある場所は地震の波が中断されて安全と言われています。日本のお城は堀に囲まれているので比較的安全な構造と言えます。私の次男が神戸地震の時に住んでいたアパートはドブ川沿いに立っていたので倒壊を逃れました。
日本の木造家屋の殆どは太陽光を取り入れるために南側に窓を多くして作られています。南側は開放部が多く耐震に弱い構造です。大地震の時にはまず南側に家が倒壊すると思って間違いないです。逆に北側のトイレのある方は耐震性が高いことを知っておくと良いです。

【気象庁の津波警報】
~誤報が被害を増長~防潮堤は安全か?~

東日本大震災では気象庁は地震発生3分後に津波警報を出し、岩手県3m、宮城県6m、福島県3mと予想津波高を発表しました。岩手県の三陸地方の人たちは、3mなら2階に逃げれば大丈夫と思って高台に逃げなかった人たちが出ました、1960年のチリ地震津波では6mの津波が来たのでチリ地震津波が来なかった場所に住む人たちは安心してしまったと言います。気象庁は地震計のデータが十分揃わなかった時点でM7.9の地震と推定し、早急に警報を出した過ちをしました。
30分後津波が来た時に岩手県6m、宮城県12m、福島県6mと修正しましたが停電になり殆どの人は知らなかったと言われます。この反省から、気象庁は具体的な津波の高さを発表せず、「巨大」(大津波警報で3m超以上の津波)、「高い」(津波警報で1m超から3mまでの津波)、「なし」(津波注意報で20cm~1mの津波)の3段階に分けて発表することにしました。具体的な津波の高さは十分データが集まった時点で、「10m超」、「10m(5m超~10m)」、「5m(3m超~5m)」の3段階にして発表します。予想が7mでも10mとして発表されます。津波警報の場合は「3m」、注意報の場合は「1m」と集約して発表されることになります。
岩手県田老地区は三陸地方に位置して津波常襲地帯の一つです。津波太郎(田老)と呼ばれてきました。1611年の慶長三陸地震による津波ではほぼ全滅したと記録されています。1896年の明治三陸大津波では住民の83%に当たる1859人が死亡し、1933年の昭和三陸津波では住民の33%の911人が死亡しました。1934年から高さ10mの防潮堤の建設を始め、45年かけて1979年に総延長2.4kmの防潮堤が完成しました。X字形に町を防護した形になり、「田老の万里の長城」と言われました。建設途上の1960年にはチリ地震津波を受けましたが被害はそれほど甚大でなかったと言われます。2003年には「津波防災の町」を宣言しました。2005年には田老町は宮古市と合併しました。しかし2008年にハザードマップを作成した時に明治三陸大津波の地震が来れば町は浸水するとしていました。
果たして東日本大震災の津波は10mの防潮堤を越流し、防潮堤は破壊され180人が犠牲になりました。犠牲者が甚大でなかったのは、住民はハザードマップに指定された高台の避難所に逃げたからでした。「逃げるが勝ち」が実証されました。しかし宮古市では田老の復興に海岸線沿いに新たな防潮堤の建設を予定しています。かさ上げ工事も予定されています。
町に10mの防潮堤を建設するのは、景観上も町の機能から言っても最善の対策とは言えないでしょう。海のそばに住んでいて、防潮堤に上らなければ海が見えないのはかえって海を観察する機会が失われてしまいます。防潮堤を建設する場合、流れ込む河川の内部氾濫を防ぐために水門の建設が必須になります。10mの高さの水門の開閉は、長い年月を経過して地盤が変動しますので容易ではないはずです。多くの三陸地方は東日本大震災後、防災と称して平均で7mの防潮堤を延々と建設しました。高額の建設費を使ったわけですが、果たして本当に防災に役立つのでしょうか?
以下に現地視察をした土木工学科出身の私の感想および見解を述べたいと思います。日本の行政は東日本大震災後5年をかけて数百キロに及ぶ7mの高さの防潮堤を建設しました。しかし防潮堤の内側からは海は見えません。原風景は失われました。海の見えない海辺の町に人は住みたくないですし、戻ってくる人も少ないでしょう。7mの防潮堤が将来来るかもしれない津波に絶対安全だとも限らないです。 私の知人に気仙沼市でカキの養殖をしていた方がいます。東日本大震災の津波でカキの養殖設備は勿論のこと、海岸も破壊され海底にはガレキが残り、数十年はカキの養殖はできないであろうと諦めたそうです。ところが3年後カキの養殖を始めたらなんと以前より生産量がはるかに増えたのに驚いたと言います。海岸生態の回復力は想像を超えていました。津波による海岸生態の変化は新たな健全な海岸生態に生まれ変えていたのです。自然のままに生態学的な成り行きに委ねた方が良い事が分かります。
最近グリーンインフラと言う概念が提唱されています。コンクリートで固めたインフラはグレーインフラと言いますが、自然生態学的な多様な機能を活用した国土建設を行う発想です。何が何でも原形復旧を目指すのではなく、自然災害による自然の改変を受け容れた上で、原風景を維持しながら、グレーインフラと合わせて国土建設を進める行き方です。
津波で海岸の松林が流されたからまた元の松林を植林するのはグリーンインフラの発想からは間違いです。自然の営力は松林に代わる植生生態を長い年月にわたって創成しようとしています。人工的な手を加えるのには慎重であるべきでしょう。関東大震災のときに静岡県の浜名湖は海と繋がり、淡水湖から汽水湖に変化しました。当時の人たちは原形復旧をせずに汽水湖を受け容れました。そのために浜名湖はウナギで有名になりました。まさにグリーンインフラの発想と同じです。
力づくの自然改変で自然災害に立ち向かうより、自然の営力と自然生態の変化・変遷を受け容れながら、命を守る知恵を出したいと言うのが私の結論です。

【東日本大震災での地盤変動】
~震災で日本中の地盤が大変動~

東日本大震災では東北地方から関東地方にまたがる広大な面積の地盤が変動しました。海上保安庁が有していた震源近くの海底に設置されていた基準点は東南東に最大24mも動き、約5m海底は隆起しました。陸上では国土交通省国土地理院が有する電子基準点のデータでは牡鹿で最大東南東に5.3m動き、1.2m沈下しました。津波の被害を受けた東北地方の海岸は平均して80cm程度沈下し、海水がなかなか吐けない状態が続きました。地盤は地震のあとも変動を続け、6ヶ月後の2011年10月ごろかなり落ち着きましたが、実は今でも動いている状態です。1.2m沈降した牡鹿の地盤は今でも隆起を続けて元に戻ろうとしていますが、まだ地震前より沈下している状態です。
東京にある経緯度原点(日本の測量・地図の正確な位置決める原点)も数十センチ動いたため、法律改正をして原点の座標が改正され、全国の電子基準点の経度および緯度は修正されました。つまり津波被害地の建物や敷地、道路などの座標はすべて従来の座標と異なる値になりました。高さの基準になる東京の水準原点も動きましたので、全国で水準測量が再測されました。国土地理が新しい経緯度あるいはXY座標を認定したのは6ヶ月後の2011年10月末でした。5万分の1の地図の経緯度も正確には地震後は少しずれているのです。このような位置と高さの原点が改正されるまで復興計画や工事ができない状況が多々見受けられました。

【津波監視網】
~津波監視技術の信頼性は?~測位衛星からの監視が有効~

東日本大震災の津波は早期に監視できなかった反省から様々な津波監視システムが提案されて実施されています。震災では港湾空港技術研究所が7台のGPS波浪計を東北地方の太平洋側沖合20km程度の場所に設置していましたが、実際に記録を取れたのは1基だけでした。故障の原因は停電や地震の破線などでした。北米プレートと太平洋プレートの境界にある海溝の外側(約150kmぐらいの沖合で太平洋寄り)には気象庁により3台のブイ式海底津波計が設置されました。これは津波の波の高さの変化による水圧の変化を検知するシステムです。ここで検知された津波は陸には20分後に到達します。この他日本海溝の内側および外側に互いにケーブルで結んだ海底地震津波観測網を設置します。場所は十勝・釧路沖、三陸沖北部、宮城・岩手沖、茨城ー福島沖、房総沖です。民間会社のウエザーニュースは北海道、東北、関東の太陽岸に16箇所のTSUNAMIレーダーの設置を進めています。
海上保安庁の巡視船「まつしま」の衝突防止レーダーが津波を捉えていたことにヒントを得て、船舶用のレーダーを陸上用に改良して設置するとのことです。上記の16箇所以外に静岡、愛知、高知、徳島の4箇所にも設置する計画です。沖合30kmの津波を観測し15分前に警告できるといわれています。今後、津波監視システムについては、測位衛星によるリアルタイム監視が可能かどうかも含め、技術の改善や向上に期待がもたれる分野です。

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