Opinion

津波に強い建物~津波から逃げるには~階段を作れ!

執筆:村井俊治、JESEA取締役会長、東京大学名誉教授

【津波と木造家屋】
~木造家屋は津波に弱い~2.5m以上の津波で全壊

木造家屋は津波に弱いことが東日本大震災で実証されました。東日本大震災の津波では多くの木造家屋が根こそぎ流され全壊しました。家が残っても1階は完全に破壊されました。2階だけちぎられたケースもあります。津波に流された家は1kmも漂流したケースが証言されています。多くは他のビルや橋などにぶつかり破砕されました。国土交通省の調査では津波の高さが2.5m以上の場合、木造家屋が全壊する割合が多くなり、津波が2m以下の場合には全壊を免れ流失しない比率が高い結果となっています。2.5mですとちょうど1階の天井の高さになり、木造の家は浮いてしまい、流失しやすくなるのです。家の土台しか残っていない被災地はおそらく3m以上の津波が襲ったのだろうと推察できます。石巻市の80才のおばあさんと16才の孫息子が木造の家の2階にいたところ、2階部分だけがちぎられ、約100m流され9日後に救助された奇跡がありました。外に出られない状態で他の流された家の間に漂着していたのです。

【津波と鉄筋コンクリートのビル】
~津波に壊れない保証なし~8m以上の津波で全壊

東日本大震災の津波では鉄筋コンクリートのビルは流失を免れました。しかし窓からものすごい勢いで津波が中に押し寄せ、内部は完全に破壊されました。冷凍庫のような窓のないビルは被害が少なく、実際に2階に逃げた人たちが助かったケースもありました。ビルの建っている長手の方向が波に直角の場合は被害が大きくなり、並行の場合は少なくなります。鉄筋コンクリートのビルでも破壊され、転倒したケースもあります。地盤に杭を打ち込んだ基礎を持つビルでも倒されたケースもあります。鉄筋コンクリートのビルが絶対安全だとは限りません。

国土交通省の調査では津波の高さが8mを超えると鉄筋コンクリートのビルでも50%以上全壊する結果が出ています。避難ビルを設計するなら海側は窓はなしか極力小さくしたほうがよいと勧告されています。スマトラ地震・津波で被災したインドネシアのアチェでは、鉄筋コンクリートのビルの設計で1階部分は柱だけにして津波が流れ去るようにしたとのことです。しかし津波では色々な物がビルに衝突することも考慮する必要があるでしょう。

私はスマトラ地震の津波で壊滅的に被災したタイのカオラックを視察した時、母親を含む6人の親族が犠牲になったタイ人秘書に案内してもらいました。この秘書の義理の父は建物の屋上に逃れて助かりましたが、この建物の長手方向が海と平行でしたので破壊が少なかったと言うことでした。オーシャンビューを良くしたホテルなどは津波の波をもろに受け被害が甚大だったと言います。おそらく海に向かってロケット状のデザインの建物を作れば津波のエネルギーが分散することでしょう。

驚いたことはヤシの木は一本も倒れていなかったことです。根が見えたヤシの木の根元を見ると放射線状に2,3mの細かい根がびっしり生えていました。柳のようにしなやかに津波の波を和らげていたと考えられます。日本では川沿いに植えられた竹林は洪水に強いと昔から言われてきたのと似た話です。

私の知人の日本人母娘がちょうどカオラックに観光に行っていてスマトラ地震の津波に遭遇したのですが運よく助かりました。気が付いたら地上から5mくらいの高さのヤシの幹にしがみついていたと言います。海岸にヤシの木を植えれば津波のエネルギーを減らす効果とゴミなどの流出を防ぐ効果があると考えられます。

【いつ津波から逃げたか?】
~安否確認より避難が重要~15分が生死の分かれ道

津波から逃げて生き残った人たちに「いつ津波から逃げたか」を聞いたアンケートがあります。「死者は語らず」ですから生き残った人たちの答えから避難行動を教訓として学ぶしかありません。
最初の15分ぐらいは30%~40%は家族・友人などの安否確認をしています。15分以内に逃げた人は35%~55%です。30分以内に逃げた人は60%を超えています。一方逃げなかった人は別のアンケートによりますと40%~50%もいたと言います。安否確認のためにケータイを操作しているうちに津波が見えて慌てて逃げた例も報告されています。実際に津波が来たのは地震発生の約30分後でした。
地震直後や余震の揺れのときは避難困難ですから実質的に避難できる時間は高々15分くらいしかないと思わなくてはいけません。安全を考えれば10分でしょう。遅くとも地震発生10分後には避難行動を起こす必要があります。

【何で津波から逃げたか?】
~徒歩と車が主たる避難手段~階段で高さを稼げ!

アンケートによれば主な避難は徒歩と車でした。自転車とバイクがわずかですがあります。若い世代ほど車で避難しています。平野部では20代、30代の65%は車で避難しています。それ以外でも50%を超えています。リアス式海岸地域でも50%~55%です。徒歩は平野部で、60才以上で約40%、20代、30代で約30%です。地形が急峻なリアス式海岸地域では、60才以上は55%を超えています。若い世代でも43%~48%です。平野の多い地域ほど車で避難しています。三陸地方のようにリアス式海岸ほど丘や山が近くにありますので徒歩が多いです。
避難では距離よりも高さを稼げと言われますが、平野の場合には車以外逃げようがないです。リアス式海岸地域ではせっかく近くに山があるのに登る階段や入口がない場合が多かったといいます。地震直後に車で逃げた人達は渋滞に遭わずに無事避難できています。行動の素早さが命を救っています。避難を躊躇していると道路はたちまち渋滞が発生し、避難が困難になります。避難する場所を予め決めていた人ほど行動も早いし助かった率も高いです。一人一人がいつ、どのような手段で、何処に逃げるかを決めてリハーサルをし、シミュレーションをしておくことが大切です。

平野部では津波避難タワーの建設が進められています。鉄塔型の避難タワーが見受けられますが、津波は波だけでなくゴミやがれきも一緒に流れてきます。むき出しの階段にはあっという間にガレキが引っ掛かり登れなくなる危険があることを知るべきです。その点林や森林の中に逃げ込むのはガレキから身を守るのに役立ちます。
避難する人たちに高層のビルやマンションに逃げ込んでもらう協定が自治体の斡旋でできつつあります。とても良い協定ですが、住民や所有者が第一優先でしょうから、人数に当然受け入れ限界があります。いざというときにパニックにならない保証はないです。近所に住む住民と事前協定を結ぶ必要があるでしょう。

【何メートル逃げたか?】
~徒歩は10分500mが限界~車は2.4km

国土交通省が生き残った人たちに行った避難距離のアンケート調査があります。徒歩の場合平均で438mです。自転車は1.6km、自動車は2.4kmでした。徒歩による避難者の72%は500m以内でした。500m歩くのに要する時間は、時速4kmの速さで7分半、時速5kmで6分です。立ち止まったり他人を助けたりしながらですから10分程度と考えた方が良いでしょう。つまり生き残るには500m、10分が限界と思っているべきでしょう。

山の上にある神社などに通じる階段は2分もあれば20m以上の高さを上れます。高さを稼げという意味が分かります。自動車で2.4km移動する場合、ゆるい勾配の坂道なら数十メートルの高さを稼げますが、坂がない平野部では決して安全圏ではないです。仙台平野では5kmから6kmまで内陸部に津波が到達しました。盛土区間や高架橋などの高い場所につけば安心ですが、常にこのような場所に行けるか保証はありません。一番心配なことは渋滞です。停電で信号が点滅しなくなりますので、お互いに臨機応変な行動が求められます。機敏な判断で歩道を車で通行して助かった事例が報告されています。緊急事態では止むを得ない行動だったと言えます。

私は海のそばの丘陵や山地に津波避難用の階段を作ることを推奨したいです。日本の海岸地形は起伏に富んでいます。特に東北の三陸地方はリアス式海岸で平地は少なくすぐに山になっています。階段があれば5分で津波に安全な高さに到達できます。車道沿いの丘陵地は車から降りて斜面を階段でよじ登れるようにしたら良いと思います。自治体が地主と協定を結べば実行可能でしょう。南海トラフ地震が危惧されている四国の海岸地帯も同じように丘陵が多いです。階段があれば人を助けられるケースは多いと思います。
東日本大震災の津波で多くの生徒と先生が犠牲になった悲劇の大川小学校に2回視察に行きましたが、学校の裏山に山道がありました。海岸の方向に逃げたので津波に飲み込まれたわけですが、山道に逃げれば全員助かったでしょう。「高さを稼げ」は津波から逃れる基本であることを記憶しておくことが大切です。

【大都市のゼロメートルは?】
~地震で水没しないか~地震洪水~地下鉄は安全か

海抜ゼロメートル地帯とは満潮時の平均海水面より低い土地を言います。簡単に言えば海面より低い土地です。ゼロメートル地帯ができたのは、地殻変動で土地が沈降した、埋め立てや干拓で海面より低い土地を堤防と水門で守っている、地下水のくみ上げで沈下した、などが原因です。東京、名古屋、大阪の大都市にはゼロメートル地帯が広く分布しています。東京湾、大阪湾、伊勢湾に殆どが面しています。果たして巨大地震によって大津波が発生した場合大丈夫でしょうか? 答えは「ノー」です。東日本大震災の時に東京湾には1.5mの津波が来ました。水門や堤防の高さは1.2mを想定していました。津波は予想より30cm高かったのです。余裕高があったから救われました。電動の自動開閉式の水門を閉じることができなかった例も報告されました。津波が川を遡上して堤防を越流し、破堤する場合も想定されます。ゼロメートル地帯を走る地下鉄もあります。津波が地下鉄のトンネル内に浸水したら大惨事になるでしょう。

地震で地盤が沈下して浸水する危険もあります。東日本大震災の時は宮城県の牡鹿で1.1m沈下しました。多くの港が50㎝から80㎝も沈下しました。ゼロメートル地帯は深刻な沈下です。液状化で堤防が破れる危険もあります。東京でゼロメートルにいる人は170万人、三大都市圏で400万人いると言われます。ゼロメートル地帯が浸水したらしばらくは海水が引きませんので、ビルに避難した人達は孤立します。飲料水、食料、トイレなど困難が予想されます。ビルとビルをつなぐ避難連絡通路が必要です。

ゼロメートル地帯が壊滅的に被災した事例は地震が原因でないですが伊勢湾台風の時でした。1959年9月に紀伊半島の潮岬に上陸して伊勢湾から東海地方を襲った伊勢湾台風は高潮のために5000人以上の犠牲者と40,000人近い負傷者を出しました。名古屋市の海抜ゼロメートル地帯では約1500人から2000人近い死者が出たと言います。

巨大地震で堤防が破壊して起きる洪水を「地震洪水」と言います。海抜ゼロメートル地帯を流れる河川はいわゆる「天井川」で川の水面より住宅地の方が、標高が低いのです。堤防で守られた土地ですから堤防が壊れたらたちまち洪水になります。東京の荒川はその典型です。東京都の江戸川区、江東区、墨田区、葛飾区、足立区が大半を占めています。荒川が氾濫した場合、江戸川区は区内のほぼ全域が水没すると言われます。江戸川区のハザードマップをみると、殆どが水没と書かれています。

地下深い場所を走る地下鉄も心配の種です。最近は大江戸線のように地下40m以深の土地を走っているケースが多いです。もし一旦地下鉄トンネルが浸水したら水は低きに流れる原理ですから地下鉄構内と地下街は水没の危険があります。大災害は往々にして想定外のスケールで起きますので、今は地下鉄には絶対に浸水しないと言われていても危険がないと断言できないです。

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